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■ モンゴルの児童文学 ■


  はじめにモンゴル現代児童文学の歴史についてごくごく簡単に紹介してみたい。
 モンゴルの現代児童文学の夜明けは、1921年の革命以降、各地に学校が建てられ教育が普及し始めたことと深く関係している。最初の現代児童文学と言われているのはD.ナツァグドルジの『ピオネールの歌』(1925)だ。その後彼に続いて多くの作家が児童文学を手がけるようになった。20年代から30年代末にかけての有名な作品はS.ボヤンネメホ『遠くへ向かった金の魚』(1927)、Ts.ダムディンスレン『賢い子羊』(1932)、D.ツェベグミド『牧童ナイダン』(1935)、Ch.ルハムスレン『こげ茶色の馬』(1934)などが挙げられる。1950年代後半になると児童文学作品のみを書く作家が出現。代表的作家はD.ソドノムドルジだ。モンゴル国家賞受賞作家であり研究者のL.トゥデブ氏も50年代に『こんにちは、こどもたち』(1955)、『友達』(1956)など多くの児童文学作品を書いている。現在1960年代以降、モンゴル児童文学界は安定期に入る。この時期、歌、詩、オペラ、バレエ、小説、映画などさまざまなジャンルが出揃った。それから80年代後半まで年に20から30冊の児童文学書新刊が発刊されてきた。
 そして現在、モンゴルでは約40名の児童文学作家が活動している。90年の民主化以降、それまで国が一括して行っていた出版・印刷機構が機能しなくなったため、作家達は個人で出版印刷・販売活動をしなければならなくなった。児童書の新刊もほとんど出ていない。特に地方の本不足は深刻な問題になっており、98年3月にウランバートルの子供宮殿で開かれた「全国子供会議」では地方の多くの子供達から「本がない」という声が寄せられた。
 しかし、このように厳しい状況ではあるものの、モンゴル人による小さな書籍出版活動が地道に続けられ、かつ児童文学を志す若者らも確かに存在している。彼らの活動を紹介しながらモンゴル児童文学の現状について報告したいと思う。
 
1.児童向け新聞・雑誌・書籍

 児童に向けて定期的に出されている新聞は『ビービービー』。これは1995年7月1日創刊、アルディンエルフ新聞系、毎週火曜日発刊、発行部数は1万部。売れ行きも良好だ。
 雑誌には『ホーチン・ザルガムジラグチ』がある。これは『ピオネール・ウネン』を前身とし、2ヶ月に1度月末発行。部数は200部程度。
 新聞、雑誌とも内容はお話、ゲーム、民話、笑い話、児童紹介などであるが、外国やモンゴルのポップロックの歌詞が紙面の多くを占めているのは面白い。子供たちからの「歌の歌詞を載せて」というリクエストが非常に多いのだそうだ。歌詞カードがないモンゴルでは、子供たちは児童新聞を見て最新ヒット曲の歌詞を覚えている。
 その他児童文学作家が個人で編集している雑誌がある。児童文学作家ソロンゾンボルドの編集する雑誌「メルゲン・ブーディー」は個人で出版している児童向け季刊雑誌だ。大きさはA4サイズで16ページ。内容は詩、なぞなぞ、伝説、笑い話など。
 書籍では「JEMR社」「モンゴル児童文化基金」が児童書籍の出版を行っている。JEMR社は1969年に書かれたL.トゥデブ氏の有名な児童文学作品『ぼくが世界と知り合った歴史』(1969)を1998年に再出版した。モンゴル児童文化基金は世界とモンゴルの名作の中から約60冊の本をシリーズ化して出版している。書籍は縦12センチ、横10センチ、全16ページの小さいもので印刷はよくない。しかし安い値段で子供が楽しめる本を出したいという考えから、現在のところ価格を安くすることを最優先している。当基金のホームページのアドレスは、 http://www.mol.mn/mccf/ネット上で書籍の販売も行っている。
 
2.児童文学作家の学校訪問

 頻繁に行われているのは児童文学作家による学校訪問だ。これは学校側から作家にお願いする形で行われるもので、約30分間にわたって児童文学作家が自分の作品を読んだり、歌を歌ったりする。聞き入る子供の表情は真剣そのもの。リズムに合わせて身体を揺する子、一緒に大きな声で朗読する子などさまざまで、終了後はサインをねだる子に囲まれる。若干の謝礼が出るようであるが、謝礼の有無に関わらず多くの児童文学作家が学校訪問を「児童文学作家の重要な仕事」ととらえており、子供にとっても児童文学作家にとっても楽しみのひとつになっている。
 
3.児童図書館

 児童書を専門とする図書館には「児童図書館」と「ゴーリキー図書館の児童書部門」がある。もちろん蔵書数においては国立中央図書館が圧倒的だが、完全閉架式の国立中央図書館に比べて上記2図書館は書架式と閉架式の併用であるため手軽に利用できる感じだ。司書らも「精選図書コーナー」を設けるなどして頑張っている。「児童図書館」は蔵書数13000冊、そのうちモンゴルの本は4000冊程度で残りはほとんどがロシア語の本である。
 
4.日本との関係 

 日本の児童文学では1971年に松谷みよ子『龍の子太郎』がロシア語からモンゴル語に訳されて出版されているが、その他の日本の児童文学は翻訳出版されていない。そのためモンゴル人は日本児童文学についての知識をほとんど得ることができないでいる。ただし日本の児童文学のレベルが高いらしいと言うこは知られており、優秀な作品のモンゴル語訳が求められている。幸い教育機関において日本語教育はかなり盛んであり、日本の文化に興味を持ち日本語を流暢に話すモンゴル人が増えているので、彼らの今後の活動に期待したいと思う。
 
5.児童文学作家の会 

 1991年、モンゴル、ロシア連邦のモンゴル系住民が数多く居住しているブリヤート共和国、ハリマグ共和国の児童文学作家の会「モンゴル民族児童文学作家協会」が設立された。この組織は91年の設立後、4年間は雑誌の発行や子供ナーダムの共同開催、優秀な児童文学作品に贈られる「アルタンオナガ(金の馬)」賞授与など活発な活動を行っていたが、現在は経済的事情によりお互いの行き来や連絡が難しくなったため、活動は下火になっている。

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