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■ モンゴル人の住居
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『ゲル』 モンゴル人が昔から継承してきた住居は、フェルト製のゲル(天幕)である。
木とフエルトで出来た組み立て式移動住居、内モンゴル自治区では「パオ」と呼ばれる。
円形の骨組みの上に防水性の布をかけ、煙突代わりの天窓が開いている。冬は「ホルゴル」と呼ばれる羊の糞を床下に敷いたり、同じく羊の糞を固めた固形燃料「フル」を燃やして暖をとる。中心にはストーブが置かれ、その奥が主人、入り口右側が女性・子供、左側は男性・客人の席。北奥の最上席には仏壇が置かれる。

モンゴルに居住してきた古代の人々は、紀元前500年からフェルト製ゲルに住んでいたと思われる。ビチュリンという研究者は次のように述べている。「フェルト製ゲルは、匈奴の住居であった。このゲルの財産を役蓄と車で運んでいた」。そして、古代の歴史家の記述や岩山の壁画から考えて、モンゴルのゲルは数千年の歴史を持つとみなされる。

 周知の通り、モンゴル人は原始古代から牧畜に従事し、遊牧生活を送ってきたために、設営と運搬が容易で、過酷な気象条件に適した簡易住居を必要とした。当時にあっては、モンゴル人は頻繁になされる移動、長距離の遠征に適した車付き設営ゲルを持っていた。このような車付きゲルは、まさに13世紀の史料や記録ではっきり確かめられる。

 当時のゲルについては、1253年にモンゴルにやってきたフランスの修道士ウィリアム・ルブルックが「東方諸国旅行記」で次のように書いている。「・・・彼らの住む家は車の上に建てた円形の、細い棒で作った上部が木枠でできているものである。・・・ゲルのプレースに白いフェルトを用いる。大部分のフェルトは、白墨や白土と粉末にした骨を混ぜて彩色してあるので、フェルトが極彩色をしている。・・・こうした住居は非常に大きいもので、幅が30フィートにまで達するものもある。私は車輪の直径を測ったことがあったが、その幅は20フィートあって、ゲルを積んで車を引く牛を数えると、一列に11頭でそれが二列からなっていた」。

 また、13世紀のモンゴルゲルに関して、プラノ・カルピニは次のように書いている。「細い木で作られており、円形でテントに似ている。ゲルの真ん中で火を燃やすので、煙を外に出すための窓が上部についている。この窓は光を入れるためでもある。屋根の覆い、側壁の覆い、門はフェルトでできている。大きなゲルもあれば小さなゲルもある。これは、貧富の差に関係するものである。家畜の背に積んで運ぶゲルもある。これは設営と解体が容易だからである。また、解体しないでそのまま車の上に設営しているゲルもある」さらに「・・・ゲルを車で運搬するのに、小さなゲルは車に牛1頭、大きなゲルは3頭から4頭、あるいはもっと多くの牛で運搬する。戦争のとき、そして普段の遊牧生活の移動をする時に、いつもゲルを運んでいくのである」と書いている。

 この記述から考えて、何百年前からゲルはモンゴルの征服戦争および遊牧生活の必要性に合致した住居であったことがわかる。モンゴル人の車付きゲルは、13世紀以降、長い間使われていたが、長距離の征服戦争がなくなるとともに、車にしっかりとくくりつけたゲルの必要性はなくなっていき、16世紀からは、現在のような形のゲルが広く使われるようになった。

 フェルト製のゲルは、概して昔からモンゴル型とトルコ型という2つの少し違った形態を持つようになって現在に至っている。トルコ型のゲルは、現在カザフ人が建てているゲルである。この形態のゲルは、トーノが小さく、オニが長い。側壁に固定する方の先端が下に曲がっている。側壁はやや低い。

 モンゴル型のゲルは、トーノが大きく、オニは真直で、側壁は高い。建設用資材、型、意匠に関しては、モンゴル型の中でもいろいろと違いがあるので、「元朝秘史」その他の書物には、その種類が細々と分類して書かれている。
 一般的にゲルは広い範囲で使われている。ゲルは、モンゴル、内モンゴル、ブリヤート、カルムィク、アルタイ、カザフ、キルギス、トゥバ、ハカス人などが用いてきた。そして、現在でも使用されている。
 モンゴルゲルを設営し、解体するには細かい一定の手順がある。

@ 床を置く
A 側壁を円形にならべ、それぞれ結びつける
B 門扉を立てる
C 毛製の縄をまき、門扉と側壁を固定する
D トーノと柱を立てる
E オニの一方の先をトーノにつきさし、もう一方の先を側壁の格子にのせる
F 屋根に白い木綿の覆いをかぶせる
G 側壁にフェルト製の覆いをまく
H 屋根の白い木綿の覆いの上にさらにツァワク(フェルト)をかぶせる
I その上からさらにフェルト製の覆いをかぶせる
J 白い木綿の覆いを全体にかぶせる
K その上から2本の縄をまき、しばる
L ウルフ(トーノ覆い)をトーノの上に置き、縄で固定する
M ゲルの裾まわりにハヤプチ(フェルト製あるいは木製)をまく
N 縄や紐でしばり、補強する

 以上のような細かい一定の手順がある。

 ゲル内部の設備は、少し変化している。特に、都市住民の居住するゲルの設備には、地方の僕見んのそれに比べて、自分のゲルに適した衣装タンス、大きなテーブル、椅子、長持ち、据え付けの暖炉(ストーブ)などがある。牧民家族は1950年代まで、ゲルの真ん中に五徳があった。五徳で直に火を燃やしていた。その煙は、直に開口しているトーノから出るが、湿ったアルガルや薪の場合は、火付きが悪く、ゲルの中に煙がこもるようになる。こうしたことから、ゲルのトーノ、オニ、ツァワクはひとりでに黒煙と煤で黒光りするようになる。また、ゲルの中のオニから吊るした肉は、煙でいぶされて非常に美味しくなる。だが、1950年代以降は、ゲルに火を燃やす鉄製ストーブや煙突が入るようになった。

 固定住宅については1940年代、都市だけにわずかにあった。国民向けの固定住宅建設はも1950年代から小規模ながら始まった。

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