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■ モンゴルの伝統医療 


 モンゴル人は、健康を害したり、慢性病を患ったり、怪我をしたりしたときに、その治療方法について生活と戦争の長い歴史の中で、幾多の経験や知識を蓄積し、それを代々伝えてきた。
モンゴルでは、西洋医学が1930年代からロシアを通じてロシア人医師の援助によって入ってきたが、それより以前は東洋医学と民間療法の伝統的な方法だけが行われていた。
 東洋チベット医学は、大体においてラマによって行われた。大規模な仏教大学で、ラマで医学部を終了した者が医者となっていた。ラマの用いる薬は、モンゴル、インド、チベットの薬草や動物の内臓であった。

 伝統的な民間療法は、いろいろな病気になった時に、モンゴル人が自分の家畜や動物や植物からとった薬を処方し、成分や量を吟味してして利用してきた。それぞれの病気に効能のある薬は何であるのか、民衆は経験と知識を代々伝えてきた。モンゴル科学アカデミーと保健省付属民間医療委員会とが合同してそれを記録して、その治療を実践している。また、医療専門家や一般人の中には、それを特別に研究して著書や編著を刊行している者もいる。

 一般的にいえば、民間療法について体系的に延べるのは難しい。ただ、内臓疾患の治療について言うと、例えば心臓・肺・肝臓・胆汁・腎臓・胃腸などの40以上の病気や怪我を治療するために、家畜や動植物からとったものをいろいろな服用量で使ってきた。さらに、一つの病気を治療するのにいくつかのやり方がある。例えば高血圧を治すには次のような方法が使われる。

● 「シベリアからまつ」の桃色の樹皮を乾燥させて粉末にし、1リットルの水に匙1杯の分量を入れて沸騰させ、1日に3回、1ヶ月間飲んで様子をみる。
● この樹皮をお茶のように煮て、寝る前に一定量を飲めば、血圧が下がって、血液がさらさらになる。モンゴル人はこれをウラーン・ツァイ(赤いお茶)と言っている。
● 胡桃の実を外殻と一緒に砕いて粉末にして、沸騰させて飲む。
● タルバガンの腎臓の脂肪を足の裏に塗るか、木綿布に染み込ませて靴底に敷く。
● 馬の肉を煮て作った暖かい肉汁に、10日間晩ごとに足を浸す。
● ツァルヒルダグ(菖蒲・あやめの類)の花を足の裏に塗る。
● 岩塩すなわち天然ソーダの上を、裸足で一定期間歩く。
● ツァガ−ン・トゥルー(母子草属の一つ)の花を煎じて飲む。
● 野生のジャガイモをインゲ(5歳以上の雌ラクダ)の乳で煮て飲む。
● ホニン・ゼールゲネ(まおう属の植物)を根と一緒に集めて燃やし、その灰を別の植物(ゴビ地方に生える白く固い木・ザギ−ン・ラバイ)のエキスに漬けて大量に飲む。
● ホニン・ゼールゲネの上部を集め、鉄の容器に入れて燃やし、その灰に赤色のヤギの乳を混ぜて、もう一度沸騰させ、その沈殿した灰を嗅ぎタバコ入れの匙で鼻で嗅ぐ。

 このように、高血圧に対してだけでも、10種類の方法を例として列挙できる。
 また、胃腸病や食中毒を治すのに、薬草、動物の内臓、乳製品、鉱泉水、塩などによる、約20種類の民間療法があって、地方地方の人々がそれぞれ自分たちに合った方法を用いる。例えば、ゴビ地方では自生するホラギーン・オンダー(少し酔わせる飲み物)やゼーリン・オンダー(かもしかの飲み物の意)という植物を乾燥させ、粉末にしたものを飲むことによって、さらにまた、インゲの乳によって、胃潰瘍を治す。一方、ボルガン・アイマグでは、「テシグ」という場所の鉱泉水を飲む。

人が思いもつかないような治療が行われることもある。例えば、鶏卵の黄身からは少量の脂肪が抽出されるが、その鶏卵10個から約20グラムの脂肪分が取れる。それを傷口に塗ったり、腸閉塞の治療に使う。
 一般に肝臓や胆汁の疾患には、白いメス馬の乳や乳製品の乳をを生のまま温めて飲めば、著しい効能があるという。
モンゴルの森林草原地帯に多く生息する「のろじか」の血を、春になりアネモネの花が咲く頃、一定期間に定量を飲めば、肝硬変に効く。また、シャル・デグリー、ホランギ−ン・オンダー、ソグトー・ウブス、大黄などの植物を煎じて飲む。さらに、牛の眼の内部の液水を生のまま飲めば、肝臓病に非常に効くという。その上、十度の肝臓病や胆汁管の疾患をもつ人には、フブスグルの雪に覆われた山にいるアホイという白い鳥の肉を、2回煮て投与すると、その病気から回復したことが、民間医療実践報告に載せられている。

 このように、歯、耳、鼻、喉、関節などの疾患、肺結核や肺炎、肝臓疾患の尿閉塞や膀胱炎、血液疾患の白血病や動脈硬化や脳軟化症、子宮疾患の子宮筋腫、神経症、甲状腺肥大、風邪など、いろいろ危険な病気を治すのに、民衆が使い慣れている治療法は数多くある。例えば、関節リューマチを治すのに、5種の水薬を使う。5種の水薬というのは、第1にゼールゲネ・ウブス、第2にウヘル・アルツ(ソルナグ)、第3にダリーン・ツェツェグ(しゅろ)、第4にノホイン・ホショー(いらくさ)、第5にたちじゅうこうそうなどのエキスが含まれているものをいう。これらの草は豊富に生えており、採集がそれほど困難ではない。ダリ・ヤガーン・ツェツェグは、林の中の密生した木の間に生えていて、春5月に2週間花をつけ、その期間は非常に芳香がある。ウランバートル郊外の丘にたくさん生えている。これら5種の植物は、それぞれ同じ量を沸騰させてから冷まして、草や葉を病気の箇所に貼るか、もしくはそれらを煎じた水に1年に2度入る。1度につき7〜9回入る。

 人が不注意のために骨を折ったり、筋肉を切断したり、脳震盪を起こしたり、火傷をしたりした場合の治療にも、数多くの種類の効果的な民間医療がある。特に、骨折、腱切断、脳震盪などを治す効果的な方法がたくさんある。骨折した箇所を湿布し固定するために、ラクダの皮を乳を入れないお茶で湿らせて包み、薄く平らな竹を添え木にして固定する。そして、骨折や腱切断を接合し回復させるために、それに対応する煎じ薬を飲ませる。

 モンゴル西部地方に生息するホイログという鳥の肉と血が、特に怪我によく効くといわれている。脳震盪に対して近代医学は、安静を保たせ脳脊髄液を取る以外に何もしないので、脳震盪が慢性に移行する場合がある。ところが、民間医療による脳震盪の治療方法は、決して薬物を使わず、脳震盪を起こした脳の部分の外側を糸で計測して、その部分を何時間もマッサージして、骨疽を治す。モンゴルにはこうした民間療法師がいる。脳震盪を起こすと、嘔吐、発熱、頭痛があり、さらに悪化すれば、瞳孔が変化し、すもなければ足が弛緩し、話すことができなくなる。こういった症状の人を民間療法師は1回ないし数回で正常に戻す。
 モンゴルでは、約600種類の薬用植物が生息していることが確認されている。そのうち、約140種類以上の植物が、近代医学と民間療法に利用されている。そこでは、薬用植物を適切な期間に収集、保存、調合される。薬用植物には、白樺の木から分泌される樹液や樹葉をはじめとして、止血のためのアルタン・オタス、こけもも、スド、オオバコといった漿果、草、樹葉、植物の根など、非常に多くの種類があって、すべて特定の病気に特定の薬が、飲用に使われる。
 また、家畜、動物、鳥、いなご、ミツバチなどをはじめとして、動物からとったものを薬として、直に食用にしたり飲用にしたりすることも多い。
 モンゴルのタルバガン、オオカミ、キツネ、鹿、熊、くずり、のろじかなどの野生動物、そして野生の七面鳥、アホイ、えぞやまどりなどの種類も薬用にされる。
 モンゴルおよび東洋医学に幅広く使われているバラグシンという重要な薬用物質がフブスグルのウンドゥル山の岩山にある。このバラグシンのの魔力が多くの説話で力説されている。この言葉は、「岩山の植物」を意味するチベット語から来ているらしい。ヤンダグ・ジョノブという書物には、「夏の暑い時期に、溶け出た金と6種類の貴金属、すなわち金・銀・銅・鉄・プラチナ・鉛が融合して沈殿した。これをバラグシン・ハド(岩山)のオルスマル(溶解岩)という」と書かれている。このチベットの研究所によれば、バラグシンはもともと鉱石で、動物や植物ではないことになる。

 バラグシンは、外部の形状・味・治療の性格によって、金類、銀類、銅類、プラチナ類、鉄類の5種類に分けられる。この形状をみると、バラグシンはまったく鉱石そのものである。だが、いくつかの書物にはバラグシンはもともと植物・動物と植物・鉱石の融合物であるとも書かれている。いずれにしろ、バラグシンは自然界にある高山の岩山で、好適な条件下で形成された物質であって、珪素、カルシウム、アルミニウム、鉄、ナトリウム、カリウム、マンガン、クロム、バリウムなどの元素が含まれている。現在、バラグシンは、心筋梗塞、腎臓、脾臓、喘息、皮膚病、骨折、動脈硬化など、数多くの種類の病気治療、筋肉の疲労回復のために使われてきた。また、白血球の活動を促進し、日射病に効能があり、寿命を延ばし、血液の増加を促し、あらゆる外傷を回復させ、身体の抵抗力を高め、細胞の活性化に効果があることが分かっている。

 バラグシンは人間の身体に悪影響を及ぼさないという優れた特質がある。バラグシンの使用法は、内服薬としてあるいは身体に塗布する。バラグシンの使用法に共通するものは、10日間7%水溶液を服用し、10日間休む。このサイクルを3〜4回繰り返す。つまり、10日間の服用を1サイクルとし、このサイクルの最初の10日間で体を慣らす。それから10日間休んで、2回目の10日間の治療に入り、また10日間休んで、3回目の10日間でこの薬の服用によって治療が終わる。こうした形の段階的治療は、心筋梗塞、胃腸病をはじめとして、眼にものもらいゆ腫物ができる疾患に至るまで、全部で約30種類の病気を治療するのに利用され、そのための一定の処方と服用量がある。

 チベットやインドから伝来したモンゴルのラマ医学は、数百年間行われてきた。そして、その処方は極めて多岐にたっており、1回の服用量は多いし、また、スープ、お茶、白湯などに溶かして飲用するといったふうに使用法も多様である。

 モンゴルで継承されてきたラマ医学の病気診断法は、主として、脈をとることであった。特に卓越したラマであれば、人の脈をとって、その人の病気や持病を驚くべき正確さで言い当てることができた。しかし、ここ数年間の民主化の現代にあっては、ニセマッサージ師、ニセ医者、ニセ薬剤師などのニセ民間療法師が横行し、多くの人々をだまし、信じ込ませているが、ひとりでにそのインチキが露見してその素性がわかってしまう。しかし、こうした状況が進むならば、東洋医学の信頼性に悪影響が出ることであろう。東洋医学と民間療法一般の手法を科学的に根拠付け、才能があり興味もある人々に教え訓練することは大切なことである。

 モンゴルで鍼灸による治療が大きな効果があり広く用いられている。この分野の専門的技能をもつ優れた療法師がいる。外国に招聘されてそこで病気の治療をお子なた人々もいる。また、養成教育を行なっている人々もいる。特に、東洋医学を知らないで、治癒見込みのない西欧諸国の人々に対して、鍼を使った治療が著しい効果をみせている

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